村上春樹の おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2

小説を書くときには、小説家は、頭の中にたくさんの抽斗を必要とします。

ささやかなエピソード、細かい知識、ちょっとした記憶、個人の世界観(ようなもの)

小説を書いていると、そういうマテリアルがあちこちで役に立ちます。

でもそういうあれこれを、エッセイみたいなかたちでほいほい放出してしまいますと、小説の中で自由に使えなくなる。

だからケチをして(とゆうか)、こそこそと抽斗に隠してしまっておくわけです。

でも小説を書き終えると、結局使わずに終わった抽斗がいくつもでてくるし、そのうちのいくつかはエッセイの材料としてつかえそうだな、とゆうことにもなるわけです。

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