138
上杉謙信と春日山城
天然の要害をもつ難攻不落とうたわれた天下の山城
[お城のデータ]
在城期間天文17年(1548)~
天正6年(1578)
JR信越本線「春日山
駅」下車(徒歩30分)
はちがうね」
八春日山城遠望。全国屈指の山城で、謙信の父為景の代に
春日山城は、南北朝時代に越
後国守護であった上杉氏が在日
山の山頂に築いた城である。春
日山城は、自然を味方にした難
攻不落の要害であった。別名を
1ヶ峰城ともいう。春日山の名
は、奈良の春日大社にちなむと
されている。
謙信が春日山城に入城したの
がはるかげ
は、兄である長尾晴景から家督
を譲られた天文十七年(一五四
八)のことである。以後、謙信
は春日山城を本拠として、ライ
パル武田信玄と川中島で戦うな
ど、幾多の名勝負を繰り広げた。
城の土塁や空堀はよく残って
いるが、石垣や瓦などは発掘さ
れていない。謙信の死後は、養
子となっていた景勝が家督を継
承し、春日山城に入城してい
る。以後、会津若松に移封され
るまで、上杉氏の拠点として機
能した。
大拡張された。
テスト
山

コメント